「Summer Pockets」 ショートストーリー ~夏の眩しさの中で~【三谷 良一 編】

<俺たちは、あの日の続きを…>


 人間、裸で生まれてくる。
 裸であることが自然なはずなのに、なぜ俺たちは裸でいられないんだ?
 なぜこんなにも、裸は怒られるんだ?
 裸になっても……裸の本を買っても……。
 裸に……自由はない。
 今日も俺たちは、アンチ裸派によって、地面に転がされていた。

「……どうするんだ? これからどんな顔して蒼に会えばいいんだ、俺」
「水織先輩に……よりにもよって水織先輩にぃぃぃ!」
「くそっ! 今日のハイドログラディエイター改は、やけに威力がつえーぜ……」
 ある日の午後、俺と羽依里と天善は秘密基地の床でゴロゴロと何度も転がっていた。
 俺はハイドログラディエイター改にやられ、身体に大きな傷を追い、二人はとあるミッションのせいで、心に大きな傷を負っちまった。
「なあ天善……大丈夫か?」
「大丈夫なわけがあるか! 見られたんだぞ! エロ本を買うところを……水織先輩にぃ!!」
「お、おう……」
「だから俺は! おとなしく卓球をしていようと言ったんだ!」
「いや、言ってなかったろ……。ノリノリでエロ本の話に食いついてきたろ」
「くあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~! きえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~!」
 ……おっかねぇ。
「羽依里、お前は別に平気だろ?」
「平気じゃない!」
「何でだよ? 別に買うところ見られたわけじゃないだろ?」
「あの時……お前、蒼になんて言ったか覚えてるか?」
「ん? ああ、エロ本買おうとして、蒼が邪魔だから外に連れ出したときな? なんて言ったっけかな?」
「じゃあ、教えてやるよ」
「おー、頼むー」
「お前は『羽依里が蒼に大事な話があるって言ってた』『あいつすげぇ本気だった』って蒼に言ったんだ」
「あー! 言った言った! で、あれどうなったんだよ?」
「あの後からすげぇ微妙な空気になったよ! 会うたびギクシャクするんだよ!」
「マジか……」
 そう、俺たちが心に傷を負ったミッションとは、夏のとある日に起きた『駄菓子屋でエロ本を買う』というミッションだ。
 三人で力を合わせて、エロ本を買うために奮闘した。
 裸の本を求めて、汗と友情が入り混じる、熱い一日だった。
 エロ本は手に入った。
 けど、それを得るためにそれぞれが犠牲にしたものは、あまりにでかかったようだ。
 なにせ、それを手に入れても、俺以外誰も読んでいない。
 それほど、心に傷を負ったんだ。
「俺は……どうすれば……」
「くっ……水織先輩」
 見てられねーな。
 ……ま、しょうがねー。
「なあ、二人とも。お前らの代わりに俺が一肌脱いできてやるよ!」
 友達が苦しんでんだ、俺が何とかしなきゃな。
「マジでやめて」
「良一、余計なことはするな……」
「え?」
 羽依里も天善も、真顔でこっちを見てる。
 ……ギャグで言ってんじゃねーのか?
「誰のせいでこうなったと思ってる?」
「……俺のせいか?」
「ああ、そうだ」
「ってことは、俺が責任をもって、これを解決しなきゃってことだよな?」
「お前ポジティブだな」
「まあ、任せとけって!」
「いや、これ以上ややっこしくしないでくれ」
「大丈夫だって、任せろ任せろ」
「……」
 羽依里が疲れたような顔をして、俺の顔を見てくる。
「一応聞くけど、どうやって解決するんだよ?」
「裸の心で、全部言うんだよ」
「心意気じゃなくて、具体的に」
「ああ。まあホントに全部言うだけだ。俺がエロ本買おうって言い出して、蒼に見られんのが恥ずかしかったから、俺が勝手に呼び出したって」
「うーん……」
「これなら、俺が勝手にしでかしたってことで、羽依里が変なことを言ったことにはならないだろ?」
 っていうかまあ、俺が勝手にしでかしたのは事実だけど。
「俺はよ。いつまでも落ち込んでて欲しくねーんだよ。羽依里は夏の間しかいないのに、こんな所でダラダラしてたらもったいないだろ?」
「……」
「俺に任せてくれねーか?」
「それならまあ……。わかった……任せる」
「おう! 任せとけって!」
 羽依里は俺に向けて、手を差し出した。
 俺はそれをギュッとつかんで、上下に振る。
「任せた!」
「ああ!」
「俺も任せたぞ!」
 なぜか天善も握手に混ざってる。
「お前はなんだよ……?」
「俺も、お前がしでかしたことにしてほしい!」
「お前のは、普通にお前が悪いだろ?」
「そうだろうか?」
「そうだろ……」
「じゃあ、事実じゃなくてもいい。お前のせいだということにしてくれ」
「お前すげぇな……」
「頼む!! 頼む!! 頼む!!」
「……わかったよ。何とかしてやるよ」
「本当か!?」
「ああ、そのかわりよ。夏の間は三人で思いっきり遊ぶって約束しろよな!」
「ふっ……それはどうかな? もしこのまま水織先輩とうまくいくことになれば……男と遊んでいる暇などなくなるからな」
「何でこの状況から、そんな未来が見えんだよ……」
 まあ、こいつはそういう前向きな奴だ。
「んじゃ二人とも、ちょっと行ってくる」
「おお、任せた!」
「頼む!」


 つーわけで、俺は駄菓子屋に行くことにした。
 途中でのみきに撃たれないように、今日は服も着ている。
 と、そんなことを考えながら歩いている時だった。
「あら、三谷くん」
「お、水織先輩じゃないっスか。ちぃーっす」
 駄菓子屋で、羽依里と蒼との話を解決する前に、水織先輩に遭遇した。
 ちょうどいい、こっちを先に解決しておくか。
 天善の喜ぶ姿が目に浮かぶぜ。
「はい、ちぃーっす。ふふっ♪ 三谷くんは今日も元気ね」
「うっす、今日は一回しか撃たれてないんで、元気があり余ってますよ!」
「あら、そういえば今日は服を着てるのね?」
「ちょっと今日は事情がありまして。あ、服着てるからって幻滅しないでくださいよ?」
「三谷くんは独自の価値基準に生きているのね」
 いつもニコニコしてるから、正直判断できないけど、水織先輩の機嫌は悪そうじゃない。
 んじゃあこのまま、あの話に持っていくか。
「まあ、俺は元気なんですけど……ちょっと天善が元気なくて」
「加納くんが? 卓球で負けちゃった……とか?」
「ああ、それは結構あるんで大丈夫っす。そうじゃなくて、水織先輩に見られた件です」
「……?」
「えっと、この前……駄菓子屋でおっぱいだらけのちょっとエッチな本を、買おうとしてたとこ、水織先輩に見られたって……」
「あっ。そういえば、そんなことがあったわね」
 意外なことに水織先輩は笑ってる。
 清純で、下ネタとか苦手だとばっかり思ってたけど、それほど気にしてないみたいだな。
 じゃあ、このまま続けるか。
「あいつ、それで落ち込んじゃって」
「ふふっ♪ もう、そんなことで落ち込んでたのね?」
「いや、男としては落ち込むんすよ……」
「別にいいのに。健全な男の子なら、おっぱいに興味を持つのは当たり前でしょ?」
「うお? 水織先輩、そういうの、寛大な感じなんすか?」
「ええ、おっぱいを見たいとか、おっぱいを触りたいとか、おっぱいの本が欲しいとか、おっぱいに包まれたいとか、いつでも、いつまでもおっぱいでありたいとか、それは自然な感情だと思うわ」
「マジっすか!?」
「だから、落ち込まないでって伝えておいて。そしてあなたは、立派におっぱいよ……って」
「わかりました!」
 一つ目のミッションは、思ったよりも簡単に片が付いた。
 つーか、結局天善が一人で恥ずかしがってるだけで、水織先輩は何も思ってなかった。
 裸で向き合ってりゃ、そんなこともなかっただろうに……やっぱり服着てる奴は、自分を守ろうとする奴は軟弱だな。
「そっか……加納くんも、ついにおっぱいに目覚めたのね」
「ん? ああ、あいつは昔から巨乳好きですよ?」
「――!? そ、そうだったの? 先天性のおっぱい好き……それを隠しながら生きていたのね」
「そうっすね! あいつ昔、船から落ちた巨乳の本を追って、嵐の海に飛び込んだことがあるんすよ」
「そんな行動ができるのに、今までおっぱい好きを隠してたなんて……尊敬するわ」
「まあ、そういうのは隠したいもんですよね」
「確かに……おっぱいは、服の下に隠してこその美しさというのはあると思うわ」
「ちなみに俺は、服とかいらない感じですけどね!」
「あら、やんちゃなおっぱいね♪」
 なんか、うんうん頷いてる。
 っていうか水織先輩、こんなにエロいことを話せる人だったなんて!
 っし! このまま続けて、天善のアピールをしといてやるか!
「あ、でも最近、あいつは足の良さも気づいたらしくですね」
「……あ、あし?」
「はい! なんつーか、胸だけで人を判断するのはよくない……的な?」
「……」
「くびれとかお尻とか、その辺りからのラインの美しさが好きみたいっすね」
「くびれ……? お、おしり……?」
「でもわかるんすよね。男ならそういうのにも興味出てきちゃうんすよね。なんつーんすか? アスリート体系みたいな!」
「~~~~~~~~~!」
「あれ?」
 水織先輩が、真っ赤になった。
 ちょっと待て……さっきのおっぱいの時と、反応が全然違うんだけど。
「あの……水織先輩?」
「は、破廉恥よ……。加納くんも、三谷くんも」
「うぇっ!? いや……えっと?」
「エ、エッチすぎるわ……! いやらし過ぎよ!」
「待ってください! 健全な男の子ならって言ってたじゃないっすか」
「くびれや、あしや、お、おしりは……不健全よ!」





「基準がわかんねー!?」
 なんかよくわかんないけど……とんでもない地雷を踏んじまったようだ。
 怒ってて、それで恥ずかしがってて、今まで見たことないような顔をしてる。
「三谷くん……」
「はい……」
「そういう本は……処分した方がいいと思うわ」
 真顔だ。
「いや! 何言ってんすか! 一つ一つに思い出が詰まってるんですよ!」
「でも……いけないと思うの……。今からそんなことに興味持っていたら……いつか身を亡ぼすわ!」
 ……本気で心配してくれてる顔だ。
 いやまあ、いい悪いで言えば、そんな本を持ってんのはよくないだろ。
 けどさ、こっちはそれをわかったうえで、買ってんだ……。
 俺たちの熱い思いを聞けば、水織先輩だってわかってくれるはずだ。
 なにせ、おっぱいのことに関しては、健全だって言ってくれた。熱く語れば、他の良さだってわかってくれるはずだ!
「水織先輩!」
「な、なに?」
「ちょっと、俺の……俺たちの話を聞いてもらえますか?」
「え、ええ……」
 俺は、足やくびれ……そういう本のすばらしさを、熱く語った。


「いやらしすぎよ~~~~~~~~~!」
「水織せんぱぁぁぁぁぁぁ~~~いっ!」
 水織先輩は半泣きになりながら逃げて行ってしまった。
「……ダメだったか」
 よく考えてみれば、女性相手に、何でエロ本の話をしてるんだ……。
「はぁ……途中まではうまくいってたのになぁ」
 むしろ何で、おっぱいのところまでは平気だったんだ……。
 考えても仕方ねーか。
「しゃーねえ。とりあえず、蒼のところに行くかな」
 天善と水織先輩の問題は後回しにして、いったん羽依里と蒼だな。
 俺はそのまま、駄菓子屋へと向かった。


「あ、良一」
「よ。今日もあちーな」
「そうね。にしても、今日はあんまり悲鳴が聞こえないと思ったら、服着てたんだ?」
「ああ、今日はちょっと色々あってな」
 そんな会話をしていると、蒼は手で髪をとかしたり、目だけでキョロキョロと辺りに視線を向けたりしている。
「えっと、今日は羽依里は一緒じゃないの?」
「ああ。俺だけだ」
「なんだ……」
 そう言いながら、髪をとかすのをやめた。
「あいつらは秘密基地にいんだよ」
「そう。……えっと、羽依里も?」
「おう! なんか今日はダラダラしてるけどな」
「そ、そっか……。ダラダラしてるんだ?」
 蒼はそう言うと、俺から軽く視線を外して言葉をつづけた。
「せ、せっかく島に遊びに来てるのに、ダラダラなんてもったいないわよね?」
「ああ、だよな。俺も言ったんだけどよ」
「だったら、あたしが遊びに誘ってあげて、島の案内とかしてあげた方がいいわよね?」
「お? おお……」
「ダラダラしてるよりは、いいと思うんだけど」
「まあ……そうだな」
「あたしが案内するんだもん、絶対喜ぶわよね! よ、喜ぶわよね? うん……喜んでほしいなぁ」
「……」
 蒼の表情が、コロコロ変わってる……。
「えっとさ……この前、急にあたしを呼び出した話って、何だったんだろう? あいつとあれ以降……あんまりちゃんと話せてないのよね」
「そ、そっか……」
「ねえ? なんか聞いてない?」
「あー……そ、そうだな」
 蒼が、エロネタもはさまずに終始しおらしい。
 羽依里の奴、あの日以降、ずっとこんな蒼に振り回されてんのか……。
 こいつはマジで俺が何とかしてやんねーと、こんな時の蒼は何を言っても勘違いに向かって一直線。
 しかも、かなり本気だから厄介だ……。
 俺は、一度こいつを落ち着かせるために、駄菓子屋前のベンチに座った。
「羽依里が何か言ってたか……だよな?」
「う、うん……あいつの言ってた本気の話ね……」
「いや、ドキドキするのやめろ」
「し、してないわよ!!」
 声が上ずってるじゃねーか。
「はぁ……」
 こいつに勘違いさせたことと、エロ本を買おうとしたこと。その二つを今から打ち明けることになる。
 少し胃がいてーけど……まあ仕方ねー。
「んで、この前の話な。まず、最初に謝っておく。……悪い!」
「な、なによ?」
「えっとな、あの時は……実は俺たちはエロ本を買いに行ったんだよ」
「え? どういうこと」
「そういうことだ。で、買ったところ見られると恥ずかしいから、お前を呼び出してその隙に買おうとしたんだ」
「はぁっ!?」
「それであんな嘘をついて、お前を呼び出したんだよ! 悪い!」
「なるほどね。はぁ……そういうことだったの」
 肩を落として、がっくりしている。
 ……悪いこと言っちまったかな。
「はぁ……あはは、まあそんなことじゃないかと思ってたわ……」
「お、おう、なんかわりーな」
「それじゃあ、あいつは別に、あたしにその……本気の話があったわけじゃ……」
「ないな。俺の嘘だし……」
「そっか……」
 ものすごい落ち込み方だ。
「えーっと、改めて悪かった。……んじゃ帰るな」
「はーい。……って、何も買ってかないの?」
「おお、この話をしに来ただけだからな」
「え? なんでわざわざ?」
「羽依里に頼まれたんだよ。蒼とギクシャクしてるから、ちょっと取り持ってくれって」
「そうなんだ……ふーん」
 気のない感じをさせつつも、なんかちょっと嬉しそうだ。
「やっぱお前がいつもと違うの、結構気にしてるみたいだぜ」
「そ、そっか……。気にかけてくれてるんだ……」
「おう! いつもの蒼と一緒にいる羽依里は、楽しそうだからな!」
「ん……そっか。あいつ……いつものあたしといると、楽しそうなんだ……?」
「おう! 落ち込んでたら、あいつも悲しむぜ!」
「そ、そうなの?」
「間違いないぜ!」
「そっか……そうよね! 何勝手に勘違いして、勝手に落ち込んでるんだろ?」
 蒼はいつもみたいに、晴れやかな笑顔を俺に向ける。
 いや、きっとこれは俺に向けてじゃない。
「いつものあたしに戻ってるから、変に気なんて使わないで、駄菓子屋に来てってあいつに伝えといて♪」
「おう!」
 そうして俺は駄菓子屋を後にした。


「たっだいまー!」
「む、帰ったか? 水織先輩はなんと言っていた!?」
「蒼はどうなったんだ?」
「おお、落ち着け二人とも。今話してやるからよ」
 俺たち三人は、秘密基地のゴザの上に、円になって座る。
 天善も羽依里も、不安げに俺を見てそわそわしていた。
「さて、まずはどっちだ?」
「では、俺からいいだろうか?」
「オーケー、水織先輩の件だな」
「ああ……頼む!」
 天善がつばを飲み込む音が聞こえる。
「まあ、半分くらい成功したかもな」
「半分? 半分とはなんだ?」
「なんつーか……半分は絶賛されたんだ!」
「よくわからん……」
 とりあえず、順を追って説明することにした。
「おまえが『おっぱいだらけの本を買うところを、水織先輩に見られてショックを受けてる』って話をしたんだ」
「なっ!? それでは俺が、異常に胸が好きな人間みたいではないか!!」
「それはあってるだろ」
「だが、水織先輩にそれを知られたということだろう!?」
「いや、それがびっくりすることに受け入れられてよ。『おっぱいに興味持つのは健全よ』みたいなこと言ってた」
「な……っ!? そんなことを?」
「まあ、静久だからな」
「なんなんだあの人は……聖母か?」
「いや、あいつはただのおっぱいだ」
「貴様ぁっ! 水織先輩をただのおっぱいとは、何を言う!」
「いや、実際そうだから……」
「しかし……そうか。そんな様子だったか。良一、ありがとう」
「いやいや。んで、話には続きがあってよ」
「なに……?」
 安心しきっていた天善の顔が、こっちに向けられる。
「天善は昔から巨乳が好きって言ったら、すげぇ感心してくれてよ」
「そ、そうか! 感心してくれたのか!」
 いつもの天善からは、考えられないくらいの笑顔だ。
「おお! んで! 最近は足とかくびれとかお尻にも興味持ってきたって話をしたんだ」
「なるほど!」
「そしたらもう、顔を真っ赤にしてさ!」
「ああ!」
「すっげぇ幻滅された!」
「……なっ!?」
「加納くんも三谷くんも、エッチすぎるわー! とか言われてよ!」
「おい!」
「でもおっぱいの話の時は、すげぇ寛容だったし、こりゃ足やくびれやお尻も、その魅力を語ればいけるんじゃないかと思って熱く語ってみたんだけどよ!」
「嫌な未来が待っている気しかしない!」
「そしたら走って逃げるほどひかれちまったよ!」
「おお! おおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ごめんな!」
「きえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「何なんだよその叫び……」
 聞いたことない種類の雄たけびだ。
 勢いのまま喋り続ければ、押し切れんじゃねーかと思ったけど……さすがに無理か。
「貴様! 半分成功したと言っていなかったか!?」
「いや、前半のおっぱいに関しては予想以上に成功だったろ?」
「後半で全てを失っているだろ!」
 まあ、そういうとり方もできるな……。
「しかし! 何故だ! 何故そんなにひかれてしまったんだ! 途中までいい感じだったんだろ!?」
「だなぁ」
「良一も天善も勘違いするな。静久はエロに寛容なんじゃない……むしろそういう話題は苦手な方だぞ?」
「じゃあ、何で前半はよかったんだよ」
「さっきも言ったけど、静久がおっぱいだからだ。エロに寛容なんじゃない、おっぱいに前のめりなだけなんだ」
「なに言ってるかわかんねーよ……」
「俺もだけど、事実そうなんだ」
「俺はこれから……どうすれば。水織先輩に、嫌われてしまった……」
 天善が卓球台に突っ伏して泣き始めた。
 初めから別に、そんな好かれてるわけでもないだろうに……何でここまで落ち込めるんだよ。
 今こいつに、何を言ってもダメだろう。
「んじゃ、次は羽依里の番だな」
「あ、ああ。天善見てると、嫌な予感しかしないけど」
「そんなことねーよ。こっちはいい感じにまとまった」
「そっか、じゃあよかった」
「おう! 蒼も『そっか。あいつ……いつものあたしといると、楽しそうなんだ』みたいなこと言ってたし、次からはいつもの蒼で来ると思うぜ!」
「え? ……ちょっと待って」
「こっちに関しては、ちゃんと誤解もなくなったから、安心してくれ」
「いや、あの……蒼、そんなこと言ってんの?」
「おう! 勘違いとかじゃなくて、そんな感じになったぜ!」
「意識しちゃうから!」
「ん? 何でだよ?」
「女の子にそんな気持ちがあるってこと知られたら、男子校出身は意識しちゃう!」
「いや、友達同士だったら言うだろ? ……まあ、もしかしたらお互い違うのかも知んねーけど」
「意識しちゃうから後半を言わないで」
 シティボーイは繊細だ。
「大丈夫だって、向こうが普通に接してきたら、こっちもそんな意識しねーよ」
「……そう、なのか?」
「行ってみるか、駄菓子屋に!」
「わかった」


 俺は、羽依里を連れて再び駄菓子屋にやってきた。
「ん、良一、あんたまた来たの? ああ、羽依里も一緒か」
「ああ、ちょっと買い物にさ」
「はいはい、今日は何買うの? またエロを求めてきたの?」
「いや! ちがっ――」
 と、そこまで言った羽依里の口をふさぐ。
「(なにすんだ?)」
「(いや、もう蒼からエロ本買っちまえよ。そのぐらいの晒した方が、友達としてうまくいくんじゃねーか?)」
「(ま、まあ……言われてみれば)」
 羽依里の口から手を離す。
 すると、決意を固めたように蒼の方を向き直った。
「ああ、今日はエロを求めてきたんだ」
「そうなんだよ。こいつ、急に欲しがってよー」
「あはは、それじゃああたし求められちゃってるかー」
「え?」
「ほら、あたしとあんたが一緒にいると、エロちゃうわーってよく叫ぶし」
「あ、そっか。そうだな」
「ちょっと、ネタの説明させないでよね」
「悪い」
「ま、いいけど……」
 平静を保ちつつ、なんかすげぇ意識してるように見える。
「ちょっと別のこと考えててさ」
「別のこと?」
「駄菓子屋で蒼がエロってさ、あのハプニング思い出してさ。確かにあれを考えれば蒼をエロととれなくないって」
「あ……。そ、そうね。そういうのもあったわね」
「だな」
「っていうかあれ、あんたの中ではエロって認識に入るんだ」
「いや、それはまあ……そうかな」
「ふ、ふ~ん……」
 蒼が恥ずかしそうにうつむいた。
「……エ、エロちゃうわー」
「あはは……だよなー」
「そこは……使い方が違う、とかでしょ」
「ああ、そうだな」
「そうよ……」
「…………」
「…………」
 ……二人とも黙った。
 すげぇ意識し合ってんじゃねーか。
 っていうか。
「お前ら二人……俺の知らないところで何があったんだよ?」
「「な、何もないけどっ!?」」
 何もない奴らのセリフじゃねー。


 その後、俺たちはまた秘密基地に戻ってきた。
 天善は……まだ泣いていた。
「お前、いつまでそうしてんだよ?」
「お前が、水織先輩との仲を取り持ってくれるまでだ。それまで俺はここを動かん!」
「人任せなわりに決意がかてーな」
「鷹原の方はどうだった?」
「いや……まあ」
「なんだその返事は?」
「こいつは、より一層意識し合うことになった」
「そうか……。大変そうだな」
 二人はため息をついている。
 ……まあ、俺のせいでもあるし、最後まで力になってやらねーとな。
 けど、俺の力じゃどうしようもねーのが現実だ。
 そこをどうするかだ。
「あ……っ!」
 そうだ! あいつらの手を借りよう!


「どうした? こんなところに呼び出して」
「むぎゅ。何かあったんですか?」
「よう、二人とも。よく来てくれたな?」
 俺は、のみきと紬をこの秘密基地に呼び出した。
「……なぜ二人がここにいるんだ?」
「呼ばれたから来ただけだ」
「そですね。れんこ―されました」
「良一、一体どういうことだ?」
「おお! いやなに、ちょっと考えたんだよ。俺の実力じゃ、この状況をどうにかすることはできないってな」
「満場一致でそうだろうな」
「だからよ、誰かに力を借りようと思って、この二人に声をかけたんだ」
「かけられました!」
「あのさ、何でのみきと紬さんなんだ?」
「蒼と水織先輩の親友だろ? あの二人のことを相談するには、ちょうどいいと思ってさ」
「……意外と考えてるんだな」
「しかし、俺たちがエロ本を買ったところを、この二人にも知られるんだぞ?」
「それはまあ、しょうがねーだろ?」
「大丈夫だって、二人とも案外心は広いからな。許してくれんだろ」
「いや、単純に恥ずかしいんだが……」
 というわけで、俺たちはのみきと紬に相談をすることにした。
 まずはあの時の状況を事細かに説明する。
「というわけで、エロ本を買おうとしたことが原因で、こんなことになったんだよ」
「はぁ……」
 紬の気のない返事だ。
「……はぁ」
 のみきのため息だ。
「ちょっと引いてます」
「私は呆れている……」
「話が違う……。明らかに俺たちの株は下がっている」
 まあ、犠牲はつきものだ。
「というわけで、手を貸してくれねーか?」
「わかった……島民の関係がこじれていては困るからな」
「わかりました。シズクが恥ずかしがって、島に来なくなってしまってもいやですから」
「おう! 助かるぜ」
「裸の男とちびっ子二人か……」
「……不安だな」


「蒼、話がある」
「こんにちはです、アオさん」
「のみきと紬? と、また良一……」
「おう、何度も悪ぃな!」
 のみきによると、羽依里を連れてくると話がややこしくなりそうとのことで、俺たち三人だけで来ている。
「お前また、鷹原相手に食い気味のチョロさを発揮したらしいな?」
「なによ、食い気味のチョロさって?」
「お前が鷹原相手によくやっているだろう? 彼が意図してないのに、勝手にチョロさを発揮して、勝手に落ちていく状態だ」
「なってないわよ! 今までだって一回もそんなことないし、落ちてもないし!」
「アオさん。お言葉ですが、タカハラさんの前だととてもよくなっていますよ?」
「え……うそ?」
「むじかくですか」
「これは危険だな。正直、お前の鷹原に対してのチョロさに、私は少し引いているレベルだ」
「引いてっ!? え? 親友にすごいカミングアウトされた!」
「みなさん、けっこー心配しています」
「そうだぜ! 羽依里がいい奴だからいいけどよ」
「ちょ、ちょっと、大げさじゃない? あたし、そんな変なことしてる?」
「お前な……そのチョロさ、羽依里が男子校出身じゃなかったら、どうなってると思うんだよ?」
「それは――」





 のみきと紬と俺の説教は、その後2時間くらい続いた……。
 まあ、説教というより、蒼が自覚していない部分を自覚させたというか……。
 そんな感じでひたすら蒼に話をした。
 そして……。
「いいか、もし今後、鷹原がお前からエッチな本を買おうとしても、それは別に気があるわけじゃない」
「で、でも……もしその表紙があたしそっくりだったら……それはやっぱり!」
「アオさんそっくりの本ですか、それはすごいぐーぜんですね!」
「ああ、紬の言う通りたまたまだ。そもそも、好きな女の子そっくりのエッチな本を、その子から買うなんていうアプローチの仕方はない。あったとしても、そんな男はやめておけ」
「それ以前にお前、自分そっくりのエロ本買われて、どんな気持ちになるんだ?」
「え……? あ、あたしのこと、そういう面でも意識してくれてるのかな……って」
「お前スゲーな!」
 二時間かけてわかったことは、こいつに何を言っても無駄だってことだけだった。
 乙女っぽい思考と、エロい思考が見事に混ざって、どうにもならねー……。
 こうなると、ホントに一直線だ。少しでも客観的に自分を見れりゃいいんだけどな。
「ん……そうか……」
 蒼に、自分の姿でも見せてやれりゃいいんだ。
「なあ、三人とも……。ちょっと相談があるんだ」
「え? 何よ……急に?」
「実はよ……この前、天善に『羽依里が良一に大事な話があるって言ってたぞ』って言われたんだ」
 俺の作戦はこうだ。
 俺が蒼に言ったことの登場人物を変え、さらに俺は蒼のような反応をして、どれだけバカな反応をしているか見せるというもんだ。
「な、なんかあいつ、すげぇ本気らしくてよ……。何の話だと思う?」
 まるで俺が、羽依里に気があるように恥ずかしそうに言ってみる。
「き、禁断の関係というやつか……」
 のみきがのって来やがった!
「流されてくるゴミの中に、時々そのような本を見ることがあります」
 そういうことじゃねー!
「あいつ……あたしだけじゃなくて良一にもそういう感情持ってるってこと!? なに? 二股!?」
 あれー……?
「ちげー! ちげー! ちげー! 何でそうなるんだよ!?」
「良一、本気には本気で答えてやらねばならないだろう?」
「やらねーよ!?」
「そですね。タカハラさんもミタニさんもいい方なので、応援します!」
「いらねーよ!」
「そっか……そういうことか。なんか色々スッキリした気がするわ……」
「なに納得してんだお前!」
「夏休み中、あいつ……あた――女の子になんて目もくれず、ずっと良一たちと遊んでたもんね」
「おおおおおおおおおおおおおおおおお! ちげぇのに状況証拠が揃っていく!」
 予定と全然ちがう展開になってんぞ!?
「そっか……もう、あた――女の子には興味ないんだ……」
「そういうことだろう。だから鷹原に会っても取り乱すな、蒼。わかったな?」
「うん!」


「ナイスパスだ良一。まさかこんな方法で納得させるとはな」
「ちげーよ! そんなパス出してねーよ! どうしてくれんだおい!?」
 灯台に向かいながら、俺たちはそんな会話をしていた。
「ちがったのか?」
「全然ちげーよ! 俺は蒼がどれだけ羽依里にチョロいか、客観的に見せてやろうと思ったんだよ!」
「なるほど……そうだったのか。だが蒼も納得したし今更だな、下手に刺激するとぶり返すだろうから、そっとしておいてやろう」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! マジかぁぁぁぁぁーーー!」
 のみきの言うことはわかる。
 このまま放っておくのが蒼にとっても、羽依里にとってもいいだろう。
 ……。
 ……いいのか!?
「では次は、シズクとカノーさんですね」
「そうだな。正直私は、水織先輩を説得できる気がしない。きっかけはこちらで作るが、説得は任せていいか?」
「俺もしばらく、立ち直れそうにねー……。任せるぜ……」
「おまかせください!」
 そんなことを言いながら三人で歩いて、灯台に辿り着く。
 水織先輩なら、ここで紬を待っているだろうとやってきた。
「シズクー! やっぱりここにいましたか」
「紬、今日はどこに行ってたの?」
「すみません。ミタニさんに呼ばれて、秘密基地と駄菓子屋さんに行っていました」
「あ……三谷くんに美希ちゃんも」
「あ、どもっす」
「え、ええ……こんにちは……」
 やっぱり、ものすごくよそよそしい。
「紬……その、変なことされなかった?」
「し、してないっスよ!」
「シズク、変なこととは、どんなことでしょう?」
「それはその……足を……。す、すごく見られたり……」
「足を見られるのは、変なことなんですか?」
「そ、そんなの……私の口からは言えないわっ!」
 やっぱり基準がわかんねー……。
「水織先輩、ちょっといいだろうか?」
「どうしたの?」v 「その……天善のエッチな本の件なんだが」
「え? そ、そういう話は……私、苦手で……」
「それはわかるのだが、まあ聞いてほしい。そういうことに興味を持つ男子を、許してやってほしい」
「で、でも……不健全だわ! おっぱいの本だけあれば――」
「シズク、聞いてください」
「……?」
「人はおっぱいのみに生きるにあらずです」
「人はおっぱいのみに生きるにあらず!?」
 なんだその諺(ことわざ)!?
「くびれやあしも、必要としている人がいるんです」
「そう……そうなのね。悲しいけれど、それが現実なのね……」
 ……なんか納得してるな。
「でもそれは、彼らにはまだ早いと思うの……健全じゃないわ。おっぱいは赤ちゃんの頃から必要でしょう? でもあしやくびれは、必要にならないわ」
「むぎゅ……そういうものですか……。それは…………いけませんね」
 すげー速さで説得された。
「負けんな紬!」
「はい! ここからです!」
 紬が気合を入れて、もう一度、水織先輩に向き直る。
「シズク……おっぱいではないエッチな本を、カノーさんやタカハラさん、ミタニさんが見ていたとしても、許してあげてほしいんです」
「ダメよ?」
「シズクの心は、おっぱいのように柔らかく……なんでも受け止められるはずです。シズクの心は、そのおっぱいのように大きいはずです」
「私の心が……おっぱい……!」
 その言葉に、水織先輩は柔らかく微笑み、コクリとうなづき。
「おっぱいのような私の心は、おっぱい以外は許さないわ」
 やっぱり断った。
「……ばんさくがつきました」
「二個しかなかったじゃねーか。万もねーよ」
「万策は『できる限りの手立て』という意味だ」
 はー。勉強になるな。
 でも、このままじゃ何も解決せずに終わっちまう。
 仕方ねー……あんまりこの手は使いたくなかったが、天善のためだ。
 男っていうのは、その程度のエロはまだまだ序の口で、天善がどれだけ普通の位置にいるか教えてやる。
「水織先輩、あしやくびれなんて大したことないっスよ」
「そんなことないわ……とてもエッチよ」
「いやいや、普通の男はもっと、やばい感じのエロに興味があったりするんですって」
「や、やばい感じ……? し、舌を絡めるキス……とか?」
「全然そんなんじゃなくて、例えばですが……」
 俺は軽めに自分の性癖を言ってみる。
「俺なんかは妹モノが好きだったりするんスよ」
「年下の女の子が好きってこと?」
「そうじゃなくて、自分を慕ってくる妹とか、ツンツンした妹とか……まあ妹っすよ」
「そ、そういうのもあるのね」
 そんなことを言っていると。
「良一、お前……本気で言ってるのか?」
「ん? あ、ああ」
 のみきが、ものすげぇ引いていた。
「美希ちゃん……どうしたの?」
「い、いや……こいつ……その……。実際に妹がいるんで」
「あら、そうなのね。……――えっ!?」
「ちょっと二人とも! なんすかその反応!? 現実とエロ本の区別くらいついてますよ!」
「むぎゅ? どういうことです?」
「すごく危険ということだ! 下がれ紬!」
「おおおお!? 危険じゃねーよ!?」
「そうね、危険なのは妹さんの方ね」
「そっちも危険じゃねーーーーーー!! 俺が好きなのは妹モノであって、妹じゃねー!」
「よくわかりませんね」
「パリングルスのバーベキュー味は好きだけど、本物のバーベキューはそんなに好きじゃねーみたいなもんだ!」
「あー……」
 よくわかってない顔をしてやがる!
「……よくわかりません」
 案の定だ!
「なあ水織先輩。こいつ危険思想に比べれば、あしやくびれなんて大したことないだろう?」
「そ、そうね。ただ女の人の体の部位に興奮しているだけだものね」
「ああ、そういうことだ」
「男はみんな、そういうものを持ってるんスよ。人に言えない……秘密のエロへの趣向を」
「だからシズク、みなさんを許してあげましょう?」
「ん……」
 水織先輩は柔らかく笑いながら、ゆっくりと頷いた。
「そうね……そういうのを持っているのが普通なのね」
「きっと、そです」
「だったらきっと、加納くんも、パイリくんも……すごく普通の男の子ってことなのね」
「ああ、その通りだ!」
「許してあげましょう!」
「ええ!」
「うおぉぉぉぉぉ! ナチュラルに俺の名前が入ってねーーーーーー!」


 辺りはもう、真っ暗になっていた。
「良一、ナイスパスだったぞ!」
「ん? 何がだ」
「妹モノと答えたところだ。あの嘘のおかげで、説得がしやすくなった」
「いや、別に嘘とかついてねーけど」
「ん、そうか。――そうなのか!?」
 のみきがハイドログラディエイター改を構えた。
「いや、だから、妹と妹モノは別だぞ!? 分別ついてるからな」
 まあそんな感じで途中までのみきと一緒に、俺は家へと帰っていった。
「あいつらへの報告は、明日でいいか……」


 翌日、俺は秘密基地で、羽依里と蒼のギクシャクも終わらせ、天善と水織先輩の悩みも解消した報告をした。
 というわけで、俺たちは早速、エロい本を買いに行くことにしたんだ。
「ほら! 行くぜ羽依里!」
「いや、蒼がいるだろ!」
「大丈夫だって、話はつけてあんだからよ!」
「だからって、わざわざいる時に買うようなもんじゃないだろ!」
「おい蒼! 羽依里がこれ欲しいってよ!」
「やめて!」
「はーい、800万円ね」
「……あ、ああ」
 何を恥ずかしがってんだこいつは?
「ほら天善も買えよ?」
「ああ、わかった。俺は卓球以外に心を乱されることはない。蒼からも躊躇なく買うぞ!」
 そう言った時だった。
「こんにちはー」
「あ、水織先輩。いらっしゃいませ!」
「な……に?」
「あら、加納くん。それに三谷くんとパイリくんも」
「水織先輩! ご、ご機嫌うるわしゅーございます!」
「ええっ♪ あら……加納くん、エッチな本を買うのね?」
「あ、いえ! これは……!」
「男の子なんだもの私は気にしないわ。足とか……くびれとか、そういうのもちゃんとバランスよく買いましょう?」
「そんな! これはその……卓球の筋肉の!」
「いいのがあるといいわね♪ それじゃあ邪魔しちゃ悪いし、またあとで来るわ」
「あ、はい……」
 俺たちは三人とも、お目当ての本を買って外に出る。
 すると、小さな影が二つあった。
 それは、この件で力を貸してくれた二人だ。
「今日は店番をするように蒼に言っておいたが、様子はどうだった?」
「シズクを連れてきましたが、どでしたか?」
「のみきに紬! 三人とも買ったけど、蒼も先輩も普通だったぜ!」
「そですか、それはよかったです」
「それが戦果か? 目当てのものは買えたのか?」
「ああ……! だが、失ったものはあまりに大きい! 水織せんぱーい!」
「しかし、卓球にしか興味がないと思っていたが、天善も人並みにそういう本を読むとは……」
「ぐっ……やめてくれ」
「タカハラさん」
「ん? どうした?」
「タカハラさんは、お目当てのものは買えましたか……?」
「あんまり女の子に言うことじゃないことだけど、好みじゃないのしかなかったよ」
「それはかわいそうです」
「まあ田舎だし、仕方ないよ」
「そうです! 灯台の近くに、時々エッチな本が流れ着いたりするのですが、タカハラさんのために、次からはとっておきます!」
「そんな気の使い方しないで!」
「どうなんだ天善? やはり卓球のユニフォームを着た本とかが好みなのか?」
「外国の本なんかもありますよ。流れ着いたものはきっと濡れてしまっていますし、わたしが丁寧に乾かしておきますね」
「や、やめてくれ!」
「ホントに、そういう気遣いいいから!」


「うっし! 帰ろうぜ!」
「……ああ」
「うむ……」
「よかったな二人とも! エロ本も買えるようになったし、むしろもらえるようになったし、蒼とも水織先輩とも元通りだしな!」
「……元通りか?」
「また別の方向に行ってしまった気がするが……」
「テンション低いな、どうしたどうした!」
「いや……確かに得たものは色々あるが」
「なんだか、それと引き換えに、大切なものを失った気がする……」
「そうか?」
 まあ、そうなのかもしれない。
 けど……気にすることはねー。
 俺は二人より、少しだけ先行して天を仰ぐ。
「天善……羽依里。お前らは今日、恥という服を脱ぎ捨てたんだ」
「あいつはなにを言ってるんだ?」
「俺たちを慰めようと、いいこと言おうとしてるんだろ」
「裸で歩くのは、そりゃ最初は慣れない……。けどよ! 俺を見てみろ! 裸であることも、そのうち楽しくなってくるんだぜ!」
「そうか……」
「ほら! 基地に戻って、みんなでエロ本読むぜー!」
「まあ、楽しそうではあるが、ああはなりたくないな……」
「そうだな……」
 俺は二人の言葉に耳も傾けずに走り出す、裸の本を片手に、秘密基地に向かって。
 バカだと思われるかもしれない、恥ずかしい奴だとののしられるかも知れない。
 けど俺は、この夏に出会った親友、羽依里と……裸でぶつかり合って、裸で語り合いたい。
 羽依里がいる時間は短い。
 裸でいられる時間も短い。
 だから、羽依里といる時も、裸でいる時も、その一瞬一瞬を大切にしていきたい。
 大切なものを失った気がする?
 バカ言うな、今のこの時間以上に大切なものなんてねーよ。
 だからもし、それを失うのが怖くないのかって聞かれたら、こう答えてやる。
「裸の奴に、失うものなんてないんだぜ!」