<大切な人 大切にしてくれる人>
八月の後半……。
夏ももう、終わりを迎えようとしている時期のことでした。
わたしは一人、灯台にいました。
「こんにちは……わたあめさん」
「シロハさん! どもです」
「どうも……。ふたりは?」
「今は出かけています。わたしのために、70年分のイベントをしてくれるということで、準備をしに行きました」
「そう、なんだ。それ……私も、ちょっとだけだけど、参加することになってる」
「むぎゅ! ありがとうございます!」
「うん」
シロハさんはそう言いながら、ぺこりと頭を下げて、手に持っている袋をわたしの方に差し出してきました。
「これは、何でしょう?」
「これは、パリングルスの空き容器」
「おー……ありがとうございます」
「あんまり、うれしそうじゃない?」
「そんなことはありません。……ただ最近、ベランダを作ることを中断していたので」
「そう、だったんだ……」
「ですが、シロハさんにいただいたのであれば、べランディングを再開せざるを得ません。……やってやります!」
「がんばって」
そしてその袋の中から、まだ何かを取り出しました。
「それは……?」
「ネコのぬいぐるみ……。海で釣り上げた」
「海にもいるもんなんですね」
「海にもいるもんなんだね」
そしてそれを、わたしに差し出してきました。
「わたあめさん、ぬいぐるみを集めてたから、これもおみやげ……」
「ありがとうございます! では、早速お名前を付けましょう! この子のお名前は……」
「……名前は」
「ソーセキさんです!」
「ぴったりだね」
「ですね」
「でも、もっと……ウルトラとか、デュアルファングとか、ドラウニングマークエイトとか、そういうのを入れてもかっこいいと思う」
「おー、それはかっこいいですね。特にドラウニングの部分は、彼の生きざまを表しているようです……」
「わかる?」
「はい! もうちょっと、がんばってかっこいいお名前にしようと思います」
「それじゃあ、わたあめさん、ウルトラ・ソーセキ・ナンバーナイン・ドラウニング……またね」
「はい! ウルトラ・ソーセキ・ナンバーナイン・ドラウニングさんのこと、大切にしますね」
シロハさんが帰った後、わたしはソーセキさんを洗って、よく乾く場所に置きました。
「ソーセキさんは、今までどんな方と一緒にいたんですか?」
修復した跡も、いくつかあり、きっと大切にされてきたのでしょう。
「わたしのところに来てくれたのは嬉しいんですが、実はわたし、あと10日もここにいないので、すぐにお別れになってしまいます」
この夏が終ったら、わたしは、かえらなければなりません。
そしてその時までを楽しむために、ハイリさんとシズクが、いろんなことをしてくれています。
「ソーセキさん。元の持ち主の方とはお別れになってしまいましたが、きっとこの先も、いい方と巡り合えるはずです」
わたしも……そうでした。
「ちょっとだけ、お話しさせてください」
ソーセキさんに、わたしは話しかけます。
わたしには、特に大好きな人が三人います。
わたしの大事な人たちで、わたしを大事にしてくれた人たちです。
一人目は、一番長く一緒にいた人です。
最初に出会った時、その子は赤ちゃんでした。
わたしと同じくらいの大きさで「むぎゅ~むぎゅ~」と言いながら、わたしをギュッとしてくれました。
その子の名前は、ツムギちゃんといいました。
ツムギちゃんが、わたしよりもずいぶん大きくなった頃、家族と一緒にお引っ越しをすることになりました。
置いていかれるかと思ったのですが、ツムギちゃんはわたしを連れていってくれて、何日も何日も船に乗って、この島にやってきました。
新しいお家についても、ツムギちゃんはわたしを連れて、いろんなところに連れて行ってくれました。
でも、お友達ができないようで、いつもわたしにばかり話しかけていました。
「お友達作りなら、わたしにおまかせください!」
そう言いたかったのですが、声も出せませんし動けません。
とても残念です……。
しばらくして、わたしに興味津々な方が現れ、それがきっかけでツムギちゃんとお友達になりました。
カトーさんという方で、わたしもかわいがってもらいました。
それからまたしばらくして、ツムギちゃんは灯台守の方と仲良くなりました。
灯台に行くときは、いつも鼻歌を歌っていました。
海の向こうのお家にいた時に、よく歌っていたもので、ツムギちゃんが笑顔の時に歌うものです。
灯台に着くと、灯台守さんは「鼻歌が聞こえたから、キミが来るってわかったよ」と笑っていました。
それから、灯台守さんもその歌を歌うようになりました。
ツムギちゃんは「鼻歌のおかげで、あなたがどこにいるかよくわかります」と、照れたように言っていました。
二人は……恋をしました。
それから……ツムギちゃんは、家族の方には内緒で引っ越しの準備をしていました。
「ツムギちゃん。今度はどこに行くんですか? 今度はお友達、すぐにできるといいですね」
もちろん、わたしの声は届いていません。
でも……。
「……ゴメンね。今回は連れていくことができないの」
そう言ってわたしを抱きしめてくれました。
言葉が通じたのかと思いました。
でも、そうではないことはすぐにわかりました……。
ツムギちゃんは、みんなに内緒で灯台守さんと島を出ていくようです。
あまり荷物は持っていけないようで、わたしは残されることになりました。
「ツムギちゃん、お任せください! 留守はわたしが守りますから!」
動かない口で、出ない声でそう言います。
けれどツムギちゃんは
「ごめんね……ごめんね……」
そう謝るばかりでした。
「ツムギちゃんは、わかってません! あなたがわたしを、どれだけ大切にしてくれたか!」
たくさんたくさんギュっとしてもらって、一緒に寝て、ご飯の時も隣に座らせてくれて……。
海に落ちてしまった時は、着物のまま飛び込んでくれて、一緒に溺れました。
いろんなお洋服を作ってくれて、ケガをしたらすぐに直してくれました。
「わたしはあなたから、一生分の幸せを貰ってるんです。だからツムギちゃんも、幸せになってください……」
笑顔を作ることもできず、ツムギちゃんは悲しそうな顔のまま、この家を後にしました。
最後に……ツムギちゃんの笑った顔が見たかったです。
やはりわたしの声は、届かなかったんです。
それから、いろんな人がツムギちゃんを探しに来ました。
一緒に行くはずの灯台守さんも探しに来ました。
「あなたと一緒に行くはずなのに、どうしてあなたが探しに来るんですか?」
そう言っても、答えは返ってきません。
それから『せんそー』というものが起こり、灯台守さんは出かけたまま、帰ってこなくなりました。
ツムギちゃんのお話も……出なくなりました。
このお家から……誰もいなくなってしまいました。
何度も夜が来て、何度も朝が来て……わたしやお友達、ツムギちゃんの持ち物に、ホコリが積もり始めました。
お家の前を通る人も「ここは誰の家だっけ?」と、もうツムギちゃんのことを忘れているようでした。
あんなに頑張ってお友達を作ったのに……ツムギちゃん、かわいそうです。
わたしはお願いをしました。すごくすごくがんばりました。
ツムギちゃんがお友達から忘れられないように、わたしが代わりをしたいと……。
するとある日、わたしは自由に動けるようになりました。
しくみは……なぞです。
これなら、ツムギちゃんを探しに行けると、わたしは歩きだしました。
「むぎゅっ!?」
三歩くらい歩いたら……いました。
わたしは抱き付こうと、ツムギちゃんに向けて走ります。
――バンッ!
「むぎゅ~……」
鏡でした。
どうやらわたしは、ツムギちゃんの姿になったようでした。
しくみは……やっぱりなぞです。
でもこの姿でみなさんの前に出ていけば、ツムギちゃんの代わりをすることができます。
その前に……。
「……ツムギちゃーん! わたしですよー! ツムギちゃーん! むぎゅ~~~っ!!」
わたしは灯台に来ました。
ひょっとしたらツムギちゃんがいるかと思って――。
「ふふふんふ~ふふふふふ~ん♪」
鼻歌を歌いました。ツムギちゃんや灯台守さんに、この歌が聞こえれば、きっとここに来てくれるはずです。
けれど、お二人は来ませんでした。
その後、わたしは漁港や学校に行ってみました。
ツムギちゃんのことを、みなさんが忘れないように。
けれど……お化けと言われて、怖がられてしまいました。
やはりツムギちゃんは、ツムギちゃんじゃないとダメなようです
それからわたしは、灯台で鼻歌を歌って、時々みなさんの前に出て行って過ごしました。
「つむぎちゃんでーす! つむぎちゃんを忘れないでくださーい! つむぎちゃんをよろしくお願いしまーす!」
そう言って出ていくと、時々カトーさんなんかに追いかけられもしました。
そんな時わたしは、茂みや駄菓子屋さんのおもちゃコーナーに飛び込み、元の姿にかえってやり過ごしました。
何度も夏が来て、何度も冬が来て……ツムギちゃんのお友達の方々は、旅立たれて行かれました。
そして、ツムギちゃんを知っている最後の方。カトーさんも旅立たれました。
その日……わたしは夢を見ました。
たくさんの蝶の飛ぶお花畑に、灯台があり……そこの窓から、灯台を上がるツムギちゃんの姿が見えました。
何度も上ったり下りたりしています。降りる姿も見え、登る姿が何度も見えます。
どうやら、灯台の頂上にも辿り着かず、でも下にも降りられないようです。
わたしは、元の姿にかえっていて、手を振ることもできませんでした。
そしてなんとなくわかりました。役目を終えたわたしは、ここで過ごすことになるのだろう……と。
次の夏が終るころに、わたしはこの姿になって、ここで過ごすのだろうと……。
しくみはなぞですが……でも、そんな気がしました。
そうしてわたしは、この夏を楽しむことに決めました。
カトーさんの言っていた通り、やりたいことをやってみることにしました。
そして……シズクという大好きな友達ができました。
ハイリさんという、大好きな……恋人ができました。
「これが、一人目のお話です」
ソーセキさんが少しずつ乾いてきました。
でも、まだまだ湿っているので、もう少しここにいた方がいいでしょう。
すると――ガラガラガラガラと、スーツケースの音が聞こえてきました。
「やっほーツムツムー」
「カモメさん。どもです」
「おお! 隣にかわいい子がいるねー。名前は何ていうの?」
「ウルトラ・ソーセキ・ナンバーナイン・ドラウニングさんです」
「よろしくね、ドラちゃん」
「カモメさんは、灯台に何か用事があったんですか?」
「うん、ちょっと計測しに来たんだよ」
「むぎゅ? 何をですか?」
「えーっとね、ここからパリングルスを並べていくと、どのくらいまであったらキレイだと思う?」
「そですね……あの辺りまであると、すごくキレイじゃないでしょうか?」
「うんうんそうだよね。私もそう思うよ」
これはいったい、どういう質問なんでしょう?
「やっぱり、5000本あれば、普通に足りそうかな」
「むぎゅ!? パリングルス……5000本もあるんですか!」
「ううん、ないよ」
「ないんですか……」
「でも、それよりすごいものがあるから、楽しみにしててよ」
「わかりました」
「私はもう戻るけど、羽依里とズクズクによろしく言っておいてね」
そう言ってカモメさんは、スーツケースを引いて帰っていきました。
カモメさんの言っていたズクズク……それがわたしの大切な人、二人目。
わたしの親友……シズクです。
それはほんの数日前のことです。
わたしは、ハイリさんとシズクと約束をして、島の外に遊びに行くことにしました。
けれど当日……わたしは、元の姿にかえってしまいました。
数日前から兆候はありましたが、なにもこんな日に……と、泣いてしまいそうでした。
でもその時は……元の姿なので泣くこともできません。
そんなことが、何度か続いて……わたしは、二人の前で元の姿にかえってしまいました。
大きな段差のある所から、茂みの中に落ちてしまい、二人は気が付かないままわたしを探しに行きました。
すぐに戻れるって思っていたのですが、なかなか戻らないまま、夜を迎えました。
アオさん、イナリさん、ノムラさん、ミタニさんやカノーさんも、わたしを探しているようです。
でも、見つかりませんでした。
「わたしのことは心配ありません! ごめーわくかけてすみません!」
何度も言おうとしましたが、誰にも届きません……。
それから何度も、わたしの前をみなさんが通り過ぎていきます。
わたしはそれを、見ていることしかできませんでした。
そんなことが何度も続いた時でした。
「紬……羽依里君……」
夜中……シズクが目に涙を浮かべ……虚ろな表情で歩いていました。
「シズク……こんな夜中に何してるんですか? わたしのことはいいですから、危ないですよ?」
シズクはそのまま、真っ直ぐこちらへと歩いてきます。
「危ないです! この先は大きな段差になってます、落ちちゃいますから!」
「ふたりとも……どこに……」
声は届かず、シズクは――
「キャッ!?」
段差から……落ちてしまいました。
でも……。
「……? いたく……ない?」
わたしがクッションになって、静久にはケガがなかったようです。
「シズク……よかったです」
「……この子のおかげで、助かったのね……」
そう言って、シズクはわたしを真っ直ぐに見つめました。
「あら? ……あなた、紬と初めて会った時に灯台にいた……ううん」
……。
「それもそうなんだけど、あの写真の、紬そっくりの女の子が持っていた……子よね?」
……シズクは、困ったような……でも、すがるような表情でわたしを見て、こう言いました。
「ねえ、バカなこと聞いていい?」
……。
「あなた――つむぎなの?」
「そう……です」
いつの間にか、声が出るようになっていました。
「ずっと……ここにいたの?」
「……はい、ここにいました」
「さっきまでの姿が、あなたの……本当の姿なの?」
「……そです」
こんなこと、普通は信じられません。
そんなわたしを、シズクは……。
「紬……。ごめんね……気が付いてあげられなくて」
「え……?」
ギュっとしてくれました。
「シズク?」
「こんなところで……ひとりで……寂しかったでしょ? ゴメンね……見つけてあげられなくて、あなたの本当の姿に……気づいてあげられなくて……」
「な、何でシズクが謝るんですかぁ……」
「だって、この夏……ずっと一緒にいた親友の悩みに……気付いてあげられなかったんだもの」
「そんなの……気付かないであたりまえですよ。シズクは……やさしすぎです……。こんなわたしを、普通に受け入れてくれて……」
「だ、だって……頑張って……包容力のある感じとか……お姉さんっぽい感じとか……見せないと、な、泣いちゃいそうなんだもの……」
シズクの目に、涙が溜まってきています。
「ほんとうは、すごいびっくりしてるし……。信じられない部分もあるし……いろいろ聞きたいことあるけど……ふぐっ」
「いいですよ……全部きいてくれて……」
「でもそれ聞いたら紬がきずつくかもしれないからぁ……ひっく……。むりして、ぜんぶ受け入れる態度して……おかないとぉ」
「む、無理しないでください」
「ふぐっ……ひっ……で、でもぉ……。なみだとまらないたいぷだからぁ……かっこいいこといわないとぉ……このだんさのぼれないくらいないちゃうからぁ」
目から涙がポロポロ零れ始めました。
「あの……今まですみません。わたしの正体……お二人に黙っていたこと……」
「そんなの、どうでもいいわよぉ。紬が帰ってきてくれたことの方が――ひっく! しょ、正体とかよりも重要なのぉ」
「シズク……」
「か、帰ってきてくれてよかったぁ……。また会えてうれしい……」
「わたしも……わたしもうれしいです……シズク」
わたしたちは、ギュッと抱き合いました。
……ツムギちゃんには、ギュッとしてもらいましたが、わたしの方からギュっとしたのは、シズクが初めてです。
わたしの、すごく大切な親友です。
「シズク……。シズクには全部聞いてもらいたいんです。わたしの正体と、ツムギちゃんのお話を……」
「あ……ごめんね紬。実は今、そんな場合じゃないの」
「むぎゅ!?」
わたしとしては、すごく重要なお話だったのですが……。
「羽依里くんがね……あなたみたいに行方不明になってるの」
「ハイリさんがですか!?」
「ええ。フェリーに乗ったところを見た人はいないから、島のどこかにはいるはずよ」
「は、早く探しましょう!」
「ううん……今は、みんなが探してくれてるから、灯台で待ちましょう?」
「わ、わかりました」
それから、わたしとシズクは灯台でハイリさんを待ちました。
そして、シズクに昔の話を、少し聞いてもらいました。
どうやら、ツムギちゃんの日記を読んでいたらしく、この灯台のことや、灯台守さんのお話も知っていました。
「じゃあ……紬は、そのツムギちゃんや、灯台守さんが、ここを見つけられるように、あの鼻歌を歌ってたのね」
「はい……この鼻歌が聞こえれば、いる場所がわかると、お二人とも言っていたので」
「そう……」
そう言うと、シズクはわたしをまたギューッとしてくれました。
「羽依里くん、きっとすぐに見つかるわ」
「……心配です」
「大丈夫よ。夏休みはずっと紬と一緒にいるって、約束したでしょう? 紬がここにいるなら、きっとここに来る」
「だといいのですが……」
「羽依里くんは約束を守る人よ? お出かけの約束を急に破った紬と違ってね♪」
「むぎゅ! そ、その件は……すみません」
「本当よー。でも、約束を破ったついでに、夏が終わったらかえるっていう約束も……破っちゃいましょう?」
シズクは……優しく笑いながら……でもちょっとだけ、本気の顔をしてました。
「……そですね」
それはきっと無理ですけれど、わたしはそう返事をしました。
「嬉しい♪ じゃあ、いつもの鼻歌を歌っちゃいましょうか?」
「はい、そうしましょうか」
「あ、それに鼻歌を歌えば、紬がここにいるって、羽依里くんもわかってくれるかもしれないわよ。ツムギちゃんたち二人みたいに」
「おー、そですね!」
「でも、紬がここにいるって、羽依里くんに伝えるなら……」
シズクは、鼻歌の最初の部分を歌った後……。
「むーむぎゅぎゅぎゅぎゅ~♪ むーむぎゅぎゅぎゅぎゅ♪ むぎゅぎゅむぎゅぎゅぎゅ~♪ ……なんてどうかしら?」
「な、なんですかその歌詞は? なんかすごい恥ずかしいです」
「だって、普通の鼻歌だったら、ツムギちゃんと灯台守さんのものでしょ? 紬がここにるって知らせるなら、この方がらしいでしょ?」
「むぎゅ~……そ、そうかもしれませんが」
「じゃあ『わたしはここにいます』って意味を込めて、むぎゅむぎゅって歌いましょうか?」
わたしは目を閉じて、シズクにギュっとされたまま歌います……。
シズクもそれに合わせて歌い出しました。
――わたしはここにいます――
――シズクもここにいます――
――ハイリさんもここにいます――
そんな願いを込めて、歌いました。
そして目を開けると……。
「え?」
「……ハイリ……さん?」
いつの間にかわたしたちの前に、ハイリさんが横たわっていました。
「不思議なこともあるものですね? そう思いませんか、ソーセキさん」
ソーセキさんは、ずいぶんと乾いてきていて、そろそろ中に入れてもいい感じになってきました。
すると「うぅぅぅ~~~……」と、唸り声が聞こえました。
「つ、つむぎぃ……ちょっと、手伝ってぇ!」
「むぎゅ!? アオさんですか! 今いきます!」
アオさんは大きな荷物を抱えていて、それを運ぶのを手伝い、一緒に灯台の中に入りました。
「はぁ……重かった……」
「お疲れ様です……中身は何ですか?」
「うん、今日から羽依里、ここに寝泊まりするんでしょ? 駄菓子屋でそのための道具を注文してたから、配達に来たの」
「なるほど、それはありがとうございます」
「ううん。っていうか、この重さ……あいつなに頼んだんだろ?」
「開けてみましょうか?」
二人で、荷物を開けてみます。すると。
「お布団ですね」
「あれ? でも……ひ、一組しかないわよ!?」
「はい、そうですね」
お布団は、わたしがここにとまる時用に、ここにもう一組あるので、問題ありません。
「一組ってことは……一組ってことよね? 二つは入ってないわよね? じゃあえっと……」
「一組あれば、ぜんぜん問題ありませんよ」
「問題ない!? あ、そ、そうよね……二人は恋人だし……確かに問題ないわよね。むしろそういうことしない方が不自然だもんね」
「アオさん?」
「で、でもそうかー……紬はもう……。なんかショックだなー」
何だか、ものすごく落ち込んでいるようです。
「ち、ちなみにいままで……何回くらい、そういうことがあったの?」
お泊りしたのは……。
「二回です」
「そ、そっか……」
「一回目は、シズクも一緒で、二回目はカトーさんのお家にでした」
「ちょっと待って……一回目がおかしくない!?」
「そのあと、わたしとシズクの二人だけの時もありました」
「なんかすごいこと言い出した!」
「今度、アオさんもいかがですか?」
「わーーーーーーーーーー! なんかすごいことに誘われてる!!」
アオさんは、顔を真っ赤にしています。
「お、思い出作ってあげたいし……紬がどうしてもっていうなら……」
「むぎゅ! ぜひお願いしたいです!」
「そんなあっさり!?」
「じゃ、じゃあ……また今度ね」
「はーい」
アオさんは顔を真っ赤にしたまま、小走りで帰っていきました。
そして、それと入れ替わりで入ってきたのが――
「なんか今、蒼がすごい顔して出て行ったけど……」
――大切な人、三人目のハイリさん……わたしの恋人です。
ハイリさんは今、夏が終わったら帰ってしまうわたしのために、一生分のイベントを用意してくれて、そしてしばらくここに住んでくれます。
「あ、ハイリさん。こちらは新しいお友達のウルトラ・ソーセキ・ナンバーナイン・ドラウニングさんです」
「それ、名前つけたのノミキか?」
「いえ、シロハさんです」
「え!? そうなのか?」
意外そうな表情を見せています
。
「えっと、よろしくな?」
ソーセキさんの手を握って、握手をしています。
どうですか? 大事にしてくれそうな人でしょう?
あなたにもきっと、大事な人、大事にしてくれる人……そんな人がまた現れます。
わたしたちはこの夏、ハイリさんとシズクと……そして島の人たちと、この夏の思い出を共有しました。
まだまだ時間はたくさんあると思ったのに、やりたいことを並べてみれば、全然時間は足らなくて。
短いと思われた時間の中を過ごしたえけれ、振り返ればたくさんの思い出がありました。
……。
あと少ししかありませんが、ハイリさんはここに寝泊まりをするので、まだまだ色んなことがあると思います。
「えっと、じゃあ紬……今日からここに住むけど、よろしくお願いします」
「お願いします」
こうしてわたしたちは、残された短い時間の中、一緒に暮らすことになりました。
ある日のお昼のことです。
「なあ紬、表札作らないか?」
「おー、それはいいですね。入口のところに作りましょう」
「いい感じのいたとかないか?」
「無いですね。素材になるものは、パリングルスの空き容器しかありません」
「素材の偏りがひどいな。パリングルスは、イラストとかが派手だし、ちょっと向かないかな」
「では、直接書いちゃいましょうか?」
わたしは灯台の入り口に、自分の名前とハイリさんの名前を書きました。
「……なんか、観光地で悪ノリして、迷惑かけてるカップルっぽくないか?」
「確かに、そですね……」
「真面目一本でやってきた紬さんがこれやちゃダメだろ?」
「あとで消しておきます。あ、ではこちらに書くのはいかがでしょう?」
「パリングルスのふたか? いいんじゃないか?」
ペンとふたを手渡すと、ハイリさんは『鷹原羽依里』と書きました。
わたしはそれを受け取って、その下に自分の名前を書きます。
「では、紬……ヴェン――」
……文字が入りきりません。
そういうことであれば。
「ん、書き終わったか?」
「は、はい……」
わたしはそれを、ハイリさんに見せます。
「……つ、紬さん。大胆ですね」
「も、文字が……入りきらなかったんです!」
なので仕方なく『鷹原紬』と、ふたに書きました。
ある日の朝のお話です。
「ハイリさん、そういえばここにお泊りしている時、ひげは剃らないんですか?」
「俺は薄い方だし、あんまり生えてこないんだ」
「……ヒゲの生えたハイリさん、ちょっと見てみたいです」
「そんなすぐ生えないよ」
「マジックで描いてみるとかどうですか?」
「いいけど、その代わり紬もやるんだぞ?」
「はい、全然いいですよ」
「え? いいの?」
ということで、わたしはハイリさんにひげを書いてみました。
「……パリングルスのおじさんみたいなヒゲだ」
「ハイリさん、かっこいいです……」
「え? ほ、ホントに?」
「モテモテになってしまうヒゲです」
「そ、そっか……。あ、約束通り紬にも描くか」
「お願いします」
ハイリさんは、わたしの顔にペンを走らせます。これはやはり、パリングルスのおじさんヒゲ……。
「予想外だ。……案外似合うな、紬にこのヒゲ」
「ホントですか? 鏡を見たいです」
近くにある鏡で、自分の顔を見てみます。
「……ハニーマスタード味って感じでしょうか?」
「そうだな。さしずめ俺は……バッファローウィング味か?」
「そですね。似合っています」
――コンコン
『紬ー、羽依里くーん、おはよう』
外からシズクの声が聞こえました。
「ビーフ味がきたな」
「ぜひ仲間に入ってもらいましょう!」
ある日の夜に、こんなこともしました。
「ハイリさーん。起きてますかー?」
「……すー……すー……ん?」
寝ているようです。
「……起きないでくださいね?」
わたしは音をたてないように、四つん這いでハイリさんに近づきます。そして……。
「ん……ちゅ」
キスをしました。
起きている時は恥ずかしくて、キスをしてほしいなんて言えません。
だからといって、ハイリさんの方から聞いてくることもありません。
なので寝ている間に……ちょっとだけ。
「はぷ……ちゅ」
むぎゅ~……や、やっぱり照れます。
「あの……紬?」
「むぎゅ~~~~~~~~~~~~~~~っ!?」
「え、えっと……今のって」
「今のは――――キスですっ!」
「なんのごまかしもしないのか!?」
「しませんっ!」
「何で急にこんなことを!?」
「したかったからですっ!」
「したかったからって……」
ハイリさんは顔が真っ赤になっていました。きっとわたしも同じです。
「えっと、言ってくれればよかったのに」
「すごい恥ずかしいですし……すごい照れますし……」
そう言うと、ハイリさんは起き上がって、こっちを見ました。
「やりたいこと、全部やるんだからさ……紬のしたいことは全部言ってほしい。恥ずかしいかも知れないけどさ」
「むぎゅ……そ、そですね。そういう約束ですもんね」
わたしは、ハイリさんの目を見て言います。
「ぎゅーってされて、キス……されたいです」
「うん……わかった」
ハイリさんが、ゆっくりとこちらに近づいてきます。
わたしたちは、潰れてしまうのではないかという程に、お互いをギュッとして……唇を重ねました。
次の日の朝、恥ずかしくて、お互いの顔が見られませんでした。
でもきっと、明日も明後日も、こういうことをしていくのだと思います。
残された時間は短いですけど、その分……濃厚に。
……キスの濃厚さの話じゃないですよ? 時間を濃密にというお話です。
――ボーーーーーー!
遠くの方で、フェリーが到着する汽笛の音が聞こえました。
「あ、紬。今日のイベントは、静久の荷物が多いからさ、ちょっと迎えに行ってくるよ」
「はい、いってらっしゃいませー」
ハイリさんが灯台を出て、船着き場へと向かっていきました。
わたしは、二人が来るのが見たくて、灯台の上の方に登ります。
今日はどんなことが起こるのでしょう?
楽しみで楽しみで、自然と歌を口ずさんでいました……。
「むーむぎゅぎゅぎゅぎゅ~♪ むーむぎゅぎゅぎゅぎゅ♪ むぎゅぎゅむぎゅぎゅぎゅ~……♪」
――わたしはここにいます――
――シズクもここにいます――
――ハイリさんもここにいます――
――いつまでも。
そんな願いを込めて、わたしは歌いました。