プリマドール・アンコール
05-4 異邦人形(4)-終-

灰桜「らららー………らららららー……」

 調子外れの歌を口ずさむ。

灰桜「鴉羽さん、お掃除のときいつも歌っていて……とっても楽しそうです」

 からころと、濡れた石畳の上で雨下駄を鳴らしている。
 頭上には、ふわふわと揺れる蝙蝠傘。
 もう片手には、きれいに折りたたまれたもう一本の傘。宇佐美用にと持って来たものだ。

灰桜「わたしもいつか、あんな風に歌えるのでしょうか~……」

 月明かりの無い曇り空。白々とした街灯の灯りだけを頼りに歩いていく。

灰桜「それにしても、今日は静かな夜ですねえ」

 聞こえてくるのは雨音だけ。
 夜遅くとはいえ、普段ならいくらか人通りがあるはずだが、今日はすれ違うこともない。

灰桜「やっぱり雨のせいでしょうか~……みゅ?」

 二区と三区を繋ぐ、代官橋にさしかかったところだった。
 ふと、背後になにやら気配を感じて、灰桜は振り返った。

灰桜「これはこれは、こんばんはです!」

 そこにいるのは、大型犬ほどの大きさで、鈍い銀色の光沢を放つ存在。
 背中には荷台が取り付けられており、もの言わぬ単眼がじっと灰桜を捕らえている。
 その関節部からは、ぶすぶすと黒い煙が漏れ出しており……?

*       *       *

灰桜「うみゅみゅみゅみゅみゅみゅーーーーーーー!」
宇佐美「あれは、灰桜の声!?」

 三区方面に急いで、代官橋に差し掛かろうというところ。
 遠くから悲鳴のような声が聞こえてきた。


 ボクと箒星の前を走っていたレーツェルがさらに加速、スカートを翻して駆けていく。

灰桜「たすっ……助けてくださぁああああい!」

 前方から、何かに追われるように逃げてくる灰桜の姿。
 何度か転んだのだろう、着物も髪も汚れており、履き物すら脱げてしまっていた。
 その後ろには……。

箒星「やっぱり、銀太郎です!」

 黒い煙を噴き上げて、灰桜を追い回す姿。
 機械仕掛けの四足荷役人形、銀太郎が暴走していた。


 レーツェルはたっと地面を蹴って、雨空に舞い上がっていた。


 銀太郎とすれ違いざまに、一瞬、ナイフの切っ先が煌めく。


 一閃――。
 銀太郎の前脚が、宙を舞った。

宇佐美「うわあああああっ!?」

 勢い余ってボクの近くに飛んできて、思わず頭を抱える。
 銀太郎は当然体勢を維持することが出来ず、けたたましい金属音を立てて転がっていた。

灰桜「うささ~~~~~ん~~~~」

 なんとも情けない声を上げて、よろよろと近づいてくる灰桜。

宇佐美「も、もう……大丈夫だよ」
灰桜「び、びっくりしましたぁ~~~~~」

 その体をぎゅっと抱きしめる。
 はらはらと泣きぬれながら、すがりついてきていた。

宇佐美「ほら、もう追いかけてきたりしないから」
灰桜「みゅうぅぅぅっ……」

 銀太郎はじたばたじたばた、残った足を動かしてもがいている。
 先程まではなんとも恐ろしかった暴走人形だが、こうなると哀れでもある。

灰桜「……あぁ」
宇佐美「灰桜?」
灰桜「なんだか……痛そうです」

 ゆっくりと銀太郎に近づいていく。

箒星「この子も混乱していたんですねぇ。無理矢理起こされて、可哀想に」

 箒星も同じくその機体に近づいて、同情の瞳を向ける。

箒星「自分の役目を無くして……どうしていいか分からなかったのでしょう」
灰桜「みゅ……」
箒星「灰ちゃん?」

 そっと手を差し出している灰桜。
 銀太郎の体に触れている。

灰桜「………」

 灰桜のその瞳が、ほのかな赤い光を放つ。
 それに呼応するように、銀太郎の単眼も赤く発光する。
 そして……。

灰桜「……起動停止」

 ひときわ大きな金属音を立てて、銀太郎は動きを止めていた。

箒星「リンク、したんですか?」
灰桜「は、はい……なんとなく……そうしなくちゃいけない気がして~……」
箒星「よく思い出せましたね」
灰桜「みゅ?」
箒星「いいえ、なんでもないです」
灰桜「あ、と、ところで……さっき助けていただいた方は?」

 はっと思い出したように顔を上げる。
 しかし、すでにレーツェルの姿は代官橋の上にはない。


 しとしとと降りしきる雨。
 その髪を濡らしながら、外灯の上で佇んでいた。

灰桜「そ、そんなところ危ないですよ!」


灰桜「……みゅ?」

 猫のようなしなやかさで、そっと背中を向けている。


 ちらりと、悲しい瞳を浮かべて。

灰桜「………」

 そして、ひとり夜の闇に消えていった……

灰桜「レーツェルさん!?」

 唐突にその名前を呼んで、驚きの声が漏れる。

箒星・宇佐美「「ええええええ?」」

 続いて、なにやら地面に落ちる音。

宇佐美「あ、落ちた」

 立ち去ろうとしたレーツェルが、足を取られてそのまま地面に打ち付けられていた。


 鼻頭を赤くしながら、涙で潤んだ瞳を向ける。
 たっと、その姿に灰桜は駆け寄っていた。

灰桜「こんばんは、レーツェルさん」
灰桜「なんだか、すごくお久しぶりな気がします。みゅみゅみゅ……いつお別れしたのか、それは思い出せないのですが~……」

 ぽろりと涙が溢れる。

灰桜「みゅみゅみゅっ!?」

 がばりとその小さな体に抱きついて、泣き濡れている。

宇佐美「灰桜……思い出したんだ」

 なんだかそんな様子を見ていると、ボクまで泣けてくる。

箒星「もしかすると、この子が刺激になったのかもしれませんね」

 箒星さんは、すりすりと銀太郎の体を擦っている。

箒星「自律人形オートマタは、機械人形メカニカと繋がれます……リンクをすると、その子の経験が覗けるんです。この子は意外と愛されていたのかもしれませんねえー」
宇佐美「よかった……よかったです」
箒星「直してもらって……いつかまた、働ける日が来るといいですね」

 しみじみとした箒星さんの言葉。
 気づけば、いつの間にか雨が止んで、爽やかな風が吹いている。


 灰桜に抱きついた、レーツェルの泣き声だけが響いていた。

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執筆:丘野塔也 挿絵:まろやか CV:鬼頭明里(レーツェル)