少女型アンドロイド。外見年齢12歳前後。
愛玩用にしばしば見られる、不自然な誇張がない。
生きた人間そのものだ。
体表はシームレス構造。
一体生成されており、パーツの合わせ目はまったく見られない。
ここまでリアルな人形を、愛玩目的以外でわざわざ設計する理由。
……俺には思いつかない。
だが構わない。考えるのは俺の仕事じゃない。
すべきことは、こいつを回収して依頼人に届けること。
荷物を取り戻す。
俺が気にすべきは、それだけだった。
撃つ。殺す。進む。
索敵が回復した今、それは単純作業と化した。
「わー、すごい景色。今まで一番すごいかも」
小屋じみた駅にあったのは索道だった。
中空に張り渡した二本の鉄索間に、小型車輌を吊り下げて人や物を運搬する乗り物。
「あの山が目的地だっけ」
フィリアが窓から下界を眺める。
「そうだ。高原が見えるか? リゾート地だそうだが、そこから旅の続きだ」
「うわー、うわー、うわー!」
「足の下を砂が流れてく! くすぐったい!」
「見てジュード! 変な生き物!」
「水平線だ……」
「ジュード見て! また別の変な生き物!」
索敵範囲を一気に広げる。
同時に追手の戦力を調べる。
車は二台。
人数は8から10人。
全員がライフルを持っていた。
「おい、ほどほどにしておけよ」
「……わかった」
顔すら向けずに言った。
三時間後――
「……頼むから寝てくれ。俺の気が散る」
「も、もう終わりにするから……これ倒したら終わるから……」
フィリアが立っていた。
周囲には何もない。
建物の土台らしき痕跡が点々と残るだけで、ほぼ更地と化している。
ただ網膜の補正画像と重ねて見ると、違和感の理由がわかる。
光が迂回するようにねじ曲げられている空間があるのだ。
中心には、光も風も通さず温度も一定な、何もない空間がある。
その空間に向かって、フィリアが手を伸ばそうとしていた。
「……やめろ」
「ジュードって、こわがり?」
それはほとんど侮辱の言葉だった。
つい怒鳴りかけた。
さっき自分がどれほど危険に身をさらしていたのか理解できているのか、と。
だが、こうも思う。
……荷物に対してむきになってどうする。
俺は何かを言うかわりに、大きく息を吐いた。
「臆病な方が長生きできる」
「君のことをよくできた娘だと思っていたのかもな」
「ああ……」
嬉しげに息を吐く。
「私もずっとそうだといいなと思っていたんです」
「他に理由がない。的中しているはずだ」
「よかった……私には父の夢はわからないから……離ればなれになっても、役に立つのならいいかって」
都心部をかすめる位置を通りかかった時、フィリアが頭上を仰いで嘆息した。
視線の先にあるのは超高層ビルの密林、まさに摩天楼である。
電磁反射特性に富むビル群は、大出力での索敵を浴びても一切の情報を吐き出さない。
目には見えても、電子情報的には透明な都市だ。
市場で手に入れた食材で、遅めの朝食をすませる。
ここは人口が多いだけあり、ベーコンや卵が毎朝市場に出回るのは、ありがたかった。
これが数十人規模となると、ほぼ身内の関係になってしまう。
少人数の集団は、えてして排他的だ。
そんな人々が生活に窮すれば、容易に山賊と化す。
この街は平和だ。
借りている廃ビルに設置したセンサーが、何かをとらえた。
鳴ったのは、肌身離さず持ち歩いている端末だ。
小型だが、最終世代のレストア品だ。
性能はどの時代のスパコンより高い。
端末からの通知を、網膜モニターに流す。
洞窟内に動物や機械が潜んでいる形跡はなし。
反射波の波長からして、中にあるものは主に土、岩、水。
そして材質不明の何か。これは人工物だ。
おそらく遺失科学時代の特殊な建材だ。
土砂が建築物を巻き込んで倒壊し、内部空間が洞窟化した。そんなところだ。
浸蝕の一切を拒絶して、その部屋は完璧に保全されていた。
四方の壁を埋める機材。
星の数ほど瞬く、緑色のインジケーターランプ。
そして部屋の中央に安置された、棺を印象させるカプセル。
市場に入った途端、むせるような生臭さに包まれる。
人と食品がいりまじった臭いだ。
フィリアはどうかと見ると、鼻をつまんでいた。
臭覚機能があるのだ。
「くさい」
「生きてる人間が集まるとくさいんだ」
「私もくさくなったら人間になれる?」
「なれない」
都市の電源は生きている。
果たして、シャッターは軋みながらせり上がっていった。
「渡り通路」
ビルとビルを連絡する空中通路。
窓枠から地上を見下ろすと、ここにも一族の男たちが集まりつつあった。
通路を渡る。
運の良いことに向こう側のシャッターは開いたままだ。
「金かけてやがる」
「すごく……すごくわくわくする……!」
わなわなと震えている。
年頃の娘が好きそうな場所だろう。
打ちっ放しの殺風景な空間でも、高度な画像加工技術できらびやかに飾ることができる。
その方が安上がりであり、切り替えも容易だ。
この技術は地上にあまねく広まった。
拡張レイヤーなら限界のある現実より、想像力次第でどのようにも彩れる。
そんな風に売り込まれた技術がいつしか陳腐化し、富裕層は古くさい物理的な緑化内装に価値を見いだすようになった。
現代人からすれば、笑い話である。
バリケードで行く手が遮られていた。
「これ、何?」
「……ここらに住みついていた人間たちのこしらえたものだ」
バリケードを構成しているのは金属フェンスと木材。
劣化具合から、放置されて十数年経過していると見られた。
そびえるような巨体。
歩く工場という形容は実に適切だった。
工業都市の一部を切り取って脚を生やしたら、こんなものになるだろう。
都市の中央にはひときわ高い塔があり、その頂上付近は邪悪な一つ目のように赤く輝いていた。
老人が手元のパネルを操作すると、壁面の大型モニターにそれが映し出される。
「……衛星か?」
「■■■■■■■■■■」
警戒対象を示す赤い光点が、簡易地図に長く敷かれた矢印上をじりじりと動いていく。
震動を示す波形図が、リアルタイムで小刻みに跳ねている。
かなりの重さだ。
そいつが無限軌道ではなく、歩脚を使い移動している。
そう読み取れる。
震度と距離から算出される推定重量およそ14200トン――
間違いない。
シンギュラリティマシンだ。
一般の警備ロボットは、相手を威圧することが目的であるため、実力行使前に警告灯を発光させたり警報を鳴らしたりする。
時には音声による勧告も行う。
軍用のロボットは違う。無言無音で撃つ。目を光らせもしない。
強烈な衝撃に肩を叩かれ、俺は姿勢を崩した。
「止まれ。警備機械だ」
「え、どこ?」
「あれだ」
「立ってる。かわいい」
「……同じ型を見たことがある。小口径火器を内蔵できるやつだ」
円筒形のロボットが、観光地の真ん中に違和感なく溶け込んでいる。
光学的隠蔽を解除した姿は、予想通り無人機械だった。
大きい。
一軒家ほどのサイズがある。
用途不明の形状は、シンギュラリティマシンに共通する特徴だが……これはかなり小さい。
解析をかける。
爆発物ではない。人を殺傷する機能はない。
見たことのない型。
だが精密なつくりだった。
ハンドメイドではない。機械による生産品だ。
きわめて高度な機械だ。
現代人によって運用されているとは、にわかに信じがたかった。
「あれは高射砲か?」
「はい。島の防備です」
「……多いな」
島を覆う森林の中に、いくつもの砲台が埋もれていた。
「何が襲ってくる?」
「私の知る限り、何にも襲われたことはありません。ですが、公爵はあれを重要だと見なしています」
かなりの数の無人機が接近していた。
迎撃しようと準備していると、山頂方面から六脚式の軍用ロボットが駆け下りてきた。
背中に機銃を搭載した、戦闘用のロボット。
『ジュード君、進んでくれ! この先に昇降機がある』
ロボットを経由して通信が入る。
「わかった」