プリマドール・アンコール
01-08 戦闘人形であります(2)

 「これは野良犬の仕業だね」

 黒猫亭の裏手には、据え付けられた木製のゴミ箱。
 地面にはバナナの皮やら、卵の殻やら、生ゴミが散乱している。
 半開きになった蓋の隙間からは、でろりと新聞紙がはみ出していた。

 「蓋がちゃんと閉まってなかったのかも」

 確認してみると、すこし蝶番がさび付いているようで、軋んだ音を立てた。
 僅かに隙間が空いていて、そこに鼻先を突っ込まれたのだろう。

灰桜「ごめんなさい、昨日のごみ出し、わたしが当番だったので……」

 申し訳なさそうにしている灰桜。

 「いいさ、ちゃちゃっと掃除しちゃおう」
灰桜「わたし、掃除道具取ってきますっ」

 ぱっと袖を翻して、フロアへと戻っていく。
 その間に、拾えるごみは拾っておこうと腰をかがめた。


 どん、と小さな衝撃。
 月下の体がぶつかってきたのだ。


 指差す先には、荒れた毛並みの中型犬。
 通路の奥、遠巻きにこちらをじっと見つめている。

 「ああ、こいつかぁ」

 どうやら犯人の登場らしい。

 「しっしっ、キミのご飯じゃないよ」

 手を振ってみるが、未練があるらしくびくりともしない。

 「月下、追い払ってきてくれない?」

 黒いリボンを揺らして、丸い瞳をこちらに向ける。
 ガラス玉のような瞳は、明らかに動揺していた。

 「えっと……」

『わんわんわんわん!』


 めちゃくちゃ吠えられた。
 一軒ほど進んだ月下だが、たちまち引き返してきた。

 「月下、これ」

 かじりかけのソーセージを手渡す。

 「お腹減ってるんだろう、投げてあげなよ」

 むんずと掴むと、狙いを定める。



 ぽいと投げると、たちまち野良犬は飛んでいった。
 遠くでがつがつとソーセージにかぶりついている。

 「今度から、ゴミ箱には南京錠でもかけておこう」

 いつものツンとした顔で受け応える月下。

灰桜「お待たせしました~」

 ちょうど灰桜が、箒とちりとり、火ばさみを持ってきてくれた。
 興味を持ったのだろうか、後ろから黒猫のシャノが付いてくる。


 月下が抱き上げると、フロアに戻している。
 なんとも微笑ましい光景だった。

灰桜「どうして笑っているのですか?」
 「いや、猫は怖くないんだと思ってさ」
灰桜「みゅ?」
 「掃除しちゃおっか」

 戻ってきた月下と手分けして、ゴミ箱の周辺を掃除する。
 野良犬は満足したようで、どこかに行ってしまったようだ。
 掃除が終わったら、仕込みを始めなくちゃな。

執筆:丘野塔也 挿絵:まろやか CV:富田美憂(月下)