プリマドール・アンコール
02-3 きら星と焼き菓子(3)


 とっぷりと夜も暮れた頃。
 箒星さんはがらんとした店内で、てきぱきと閉店作業を進めていた。

 「あの、箒星さん」

 ボクはといえば、ぽつんと厨房に立っている。
 酒屋の前掛けがエプロン代わりだ。

 「本当にいいんですしょうか?」

 そういって、ぱちりと片目をつぶる。

 「す、すみません……」

 厨房の中に戻ってくる箒星さん。
 再び手を洗うと、小麦粉やら卵やらを次々取り出す。

 「はい、そうなんです。何度か挑戦したんですけど、うまく膨らまなかったり、焦げちゃったり……」
 「いやでも、すっごく混ぜてますよ」
 「それは……1回ですね。砂糖はそのまま」
 「そこが問題なんですか?」

 ボウルの上に、何度も粉ふるいを動かす。
 まるで雪景色のような、乳白色の光景が広がっていく。

 「ふむふむ、なるほど」

 これは、レシピ帳だけではわからなかった部分だ。
 箒星さんの何気ない一挙手一投足が参考になる。
 ボクはまるで餌の前にした鳩のように、コクコクと頷くことしかできなかった。


 そういって、棚からごそごそとなにやらブリキ缶を取り出す。

 「それは?」

 缶を傾けて、ざらざらと生地に混ぜ合わせている。
 やがて、スプーンで生地をすくって、天板の上に乗せていた。

 「生地の艶が段違いだ……」

 これは期待できそうだ。

*       *       *



 ぱちぱちぱちぱち。思わず拍手してしまう。

 「すごい、完璧ですねっ」

 ぷくりと見事に膨らんだシュー生地。きつね色の焼き目が香ばしい香りを漂わせている。大きさは子供の手にちょうど収まるほどで、なにもかもが申し分ない。

 「いただきまーす!」

 ぱくりとかぶりつく。表面のさくさくした食感の後に、ふわりと柔らかさが伝わってくる。しかも……。

 「あれ、これは?」

 カリカリとした食感。続いて、なんとも香ばしい旨味が広がった。

 「ピーナッツ!? なるほど、さっき入れていたのは……」
 「なるほど、確かに美味しいですね」
 
 はぐはぐとピーナッツ入りシューを頬張るボクの隣で、またぱちりと片目をつぶる。

 「箒星さん……」

 その味はなんとも優しい甘さで、時々しっかりした歯ごたえがあって……なんとも味わい深いお菓子だった。

 「大丈夫なんですか?」

 小さな口で、ぱくぱくと味わっている。
 人間と同じ味覚ではないとはいえ、きっとおいしく感じていることだろう。


 「あれ?」

 明らかに気落ちしている。


 大半を食べ終え、ほとんど欠片になったシュー生地を恨めしそうに眺めている。

 「えっ、それは不運ですね。ボクは二、三個入ってましたけど……」
 「あの、箒星さん」

 はぐはぐとまた生地を頬張りながら答える。

 「あんまり食べると良くないんじゃ?」

 あっという間に食べきってしまう。

 「今度は入ってましたよね、あれだけ生地に練り込んでたら……」
 「あっ……ボクが探してあげますよ! ほらこれなんてどうですか? ほら中身いっぱい」

 適当に一個割ると、ぎっしりピーナッツが詰まっている。

 「煙突から焦げ臭い匂いしてますよ?」


執筆:丘野塔也 挿絵:まろやか CV:中島由貴(箒星)
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