プリマドール・アンコール
02-4 きら星と焼き菓子(4)-終-
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 「すみません、こんなにいっぱいもらっちゃって……」

 ピーナッツ入りシューがたっぷりはいった紙袋を抱える。
 酒屋さんの前で、ぺこりと頭を下げた。


 「それに、おつまみまで」

 大判のするめまでお土産にもらってしまった。


 腰から下げたメモ帳をめくると、そのうち一枚をぴっと切り離す。

 「なにからなにまで、本当すみません」
 「大通りを通っていけば、外灯があるので平気です。
 箒星さん、本当にありがとうございます」

 箒星は、一瞬懐かしそうな遠い目をして。
 それから、柔らかな表情でにっこりと微笑んだ。

*       *       *

宇佐美「ただいま……」

 そうっと黒猫亭のドアを開ける。
 室内は真っ暗の静寂だけがある。人形たちは動力源を一時停止して、眠っているのだろう、ピーナッツ入りシューを振る舞うのは明日になりそうだ。
 厨房に入ると、電灯を灯す。棚から分厚いレシピ帳を開くと、シュー生地の項目に、箒星さんからもらったメモを挟み込んだ。
 万年筆で丁寧に、こと細かく書かれたレシピ。
 メモの筆跡もそれとまったく同じで、レシピ帳に新しい一頁を添えていた。

鴉羽「おかえりなさい」
宇佐美「鴉羽さん、起きてたんですか?」
鴉羽「遅くなるって電話はもらってたけど、一応帰ってくるまでは待ってようと思って」
宇佐美「すみません……あ、お礼と言ってはなんですけど、食べますか?」
鴉羽「これって……」

 ころんとしたピーナッツ入りシューを差し出す。

宇佐美「料理、習ってたんです」
鴉羽「じゃあ、いただくわ。はむ……」

 穏やかに笑って、さっくりふわふわの生地を堪能していた。

鴉羽「食感が楽しいわね」
宇佐美「あ、ピーナッツ入ってました? 食べると幸運が舞い込むらしいですよ」
鴉羽「……箒星に会ったの?」
宇佐美「はい、偶然でしたけど。黒猫亭の前の厨房係さんに」
鴉羽「元気そうだった?」
宇佐美「酒屋さんで腕をふるってました」
鴉羽「それは、良かったわ」
宇佐美「どうしてあそこで働いているんですか?」
鴉羽「ほら、あそこの娘さんとは顔なじみでね。春先、急に料理人が辞めちゃったらしくて……」
宇佐美「それで、臨時に雇われていると……」
鴉羽「ええ、人形を信頼してくれる人と一緒に働くのはいいことだって……前のオーナーもそう言ってたから」
宇佐美「黒猫亭には帰ってくるんですか?」
鴉羽「最近、新人が入ったみたい。引き継ぎを終えたら戻ってくるって言ってたわ」
宇佐美「あの、その場合ボクはクビになったり……」
鴉羽「いったでしょ、人形を信頼してくれる人と働くのはいいことだって」

 心配を和らげるように、鴉羽さんは柔らかく微笑んだ。

鴉羽「うささん、あなたもその一人なんだから」
鴉羽「箒星も、すぐにって訳じゃ無さそうだし。だから……期待してるわね」
宇佐美「……はいっ」

 教わるべきところは教わって、ボクも頑張らないとな。
 でも、きっと大丈夫だろう。
 ピーナッツを食べると幸運が舞い込むって、そう言っていたし。

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執筆:丘野塔也 挿絵:まろやか CV:中島由貴(箒星)


次回予告
それは、在りし日の灰桜のエピソード。
第3話「冬の花火」1月1日より連載開始!


 「この子、人形なの」
 「歌劇人形よ」
 「逃げてきたのよ、この子と一緒に」

 どんどんどん!

 不意に乱暴なノック音が響いて、リリアは心臓が締め付けられる思いだった。

『夜分に失礼! 警察です! 遠間博士はご在宅ですかな!』

 野太い声が響く。
 灰桜はどうしていいか分からない様子で、ただおろおろしている。

 「お願い、いないって言って……」

 リリアは懇願するように声を上げた。とっさに灰桜の小さな手を取る。
 灰桜に協力して貰わなければ。どうやって? この少女型の、無邪気で無力な人形の心に訴えなければ……。

 「この子、徴用されるの。戦争に取られてしまうのよ」

 外に悟られないように小声で、それでいて切々と訴える。

 「私の友達なの、離ればなれになりたくない……」

 ぎゅっとリリアの手を、灰桜は両手で握りしめる。
 すこし煤で汚れていて、でもぽかぽかと暖かかった。

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